話のわかる猫だったのはたぶん

2017.11.05 Sunday 09:24
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    数回前に書いていたジュチという猫についてもう少し。

    彼女のことを「話のわかる猫」と何度か書いた理由ですけれど。

    彼女はやはり飼っていたミュウと名付けていた猫から生まれた。

    つまりオギャ〜と生まれた時からうちにいたわけだ。

    ミュウの2度目の出産(1度目の出産の話はまたいつか)

    このとき4匹生まれ、その一匹がジュチであった。

    名前の由来は当時読み終えた井上靖の『蒼き狼』

    ジンギスカンの息子ジュチから名付けた。

    すごく頼りになる男で生まれてきた猫に絶対つけようと思っていた。

    生まれてきたのは3匹のメス、1匹のオス。

    そのたった1匹のオス猫はアメリカンショートヘアみたいな

    大きな柄の白黒模様に真っ白なソックスを履いた猫だった。

    その靴下足のためにピッピと名前がついてしまったため、

    メスであったけれどジュチと名付けられたというわけ。

     

    で、私が思いますに、彼女目を開けた時から私たち人間と一緒で

    たぶん「私たちは同種」と思っていたのではないかと。

    私が外出先から帰るとニャ〜ニャ〜と言いながらついて歩くので

    お腹がすいていると思い、餌をだしたりするが食べない。

    まだついて声を出しているから、頭を撫でて

    「そう、そうだったの。留守の間にそういうことがあったのね」

    と話かけてやるとおさまるのである。

    「あなたの言うことはわかるのに、なぜ私の言うことがわからないの?」

    ときっと彼女は思っていたに違いないと感じた。

    そして先に書いたチャッピーを嫌っている素振りは

    本当に「私はこんなのとは一緒ではありませんっ!」

    くらいの勢いがあった。

    とにかくよく話しかけられ、わからないけれど答えてあげるとおさまる。

    (たぶん「ミナコ、トンチンカンな返事しやがって」と思っていたかも)

    そしてきちんと話をすれば理解するようにふるまうし、

    だいたい、こちらが怒ったりするような悪さは一切しなかった。

     

    一方寿里子はそんなに話しかけてくる猫ではなかった。

    ノラ猫から昇格〈?)させてもらってぶをわきまえた猫だった。

    私たち夫婦のあいだで気を遣いながら生活していたと思う。

    どちらかというと空気を読んでいた猫。

    ジュチは気位高く、でも話せばわかる猫。

     

    で、オス猫ピッピはまったく頼りにならない男となり、

    うちよりもお隣の私と同じ年の女性のところに入り浸り、

    オス猫としても猫社会ではまだ子どもなんでぺぇぺぇ。

    ある日まるで手下のように他の猫の後をついて歩いていて

    情けない男だなぁと思ったものでした。

    そのうちどこかへ消えてしまいました。

    ジュチの苦難

    2017.10.02 Monday 09:19
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      さて、前出のジュチのハンティングエピソードをもう一つ。

      彼女がいいおばさんになってから、

      うちのまわりに現れた子猫を保護し家族にした。

      それは本当に子猫で、手のひらよりちょっと大きい程度。

      鼻水で鼻の穴は塞がれ口呼吸していてお口が臭い。

      獣医に連れて行くと、この歳で(って生後数ヶ月)歯石だかがついてしまい、

      とにかく口が閉じれなかったから自浄できてないという。

      チャッピーと名付けられたそのオス猫は

      我々に可愛がられ少しずつ元気になり、

      お姉さん猫ジュチにちょっかいを出したりていた。

      これがジュチにはたまらなかったのである。

      本来気立ての良い猫でフ〜ッ、シャ〜っと怒ることがないが

      チャツがじゃれるたびに嫌がり怒っていた。

       

      もういいおばさんであまりハンティングをしていなかったジュチが

      ある日すずめを持ってきて、庭の踏み石のうえに置いた。

      でも人間ども(父、兄、兄嫁、私)は、それがサインとは気づかず。

      しばらくすると小さな頭に2箇所ほどハゲができてきた。

      「あら、どうしたの? 湿疹かしら。ハゲができてるわ」

      痒そうにもしておらず、赤くもなっていない。

      そして次は鳩だった。

      これはグランドピアノの下に置かれていた。

      なんだか部屋に鳥の羽が舞うなぁと思うとピアノの下に鳩の死骸。

      兄嫁と私ふたり、夜遅く庭に穴を掘って鳩を弔いながら

      ジュチの思いにようやく気がついた。

      獲物が大きくなり、円形脱毛症まで作ったのだから。

      「私が言ってきかせる」

      と兄嫁に言って、私はジュチを膝に抱いて言いきかせた。

      「あのちっこいのはね、これから家族になるの。

       貴女には不愉快かもしれないけれど決まったことなの。

       でもね、ここのうちではいつも貴女が一番だから。

       今、チャツは子どもだし弱いからみんなの注意がいっちゃうけれど

       貴女がうちでは一番だからね。

       あの子はお義姉さんのところ、貴女は私と一緒、貴女が一番」

      話のわかる猫なのだが、きっと不本意だったろうな。

      もちろんハンティングは終わったが、ハゲはしばらく良くならなかった。

      履物好きな猫

      2017.09.28 Thursday 15:44
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        先日テレビで動物の心が読める女性が出ていて

        ご近所のサンダルを持ち帰ってしまう猫の心情を語っていた。

        もともとノラちゃんだったその猫。

        家族にしてもらった当初、お礼でネズミを持ってきたが嫌がられた。

        その後も喜んでほしいと何か持ってきたが、

        サンダルは嫌そうな反応をしなかったので、というのが大体のお話でした。

         

        私はそれを見ながら「あぁ褒めてあげなかったのねぇ〜」と思った。

        初めて猫を飼ったとき、友人から教わったのだ。

        ネズミとか捕まえてきたら一旦は褒めろと。

        理由は聞かなかったが、私はそのアドバイス通り、

        獲物があればいつも褒めていた。

        寿里子もまだ外猫時代、餌と寝床を家の外に用意していたのだが

        キチンとネズミを玄関先に置いたことがあった。

        ヒッと思ったが、一応褒めて「うちは御礼とか、一切いりませんから

        今後はこのようなものはいりません」と話しておいた。

        でもハンティングは大の得意でしたからその後もいろいろ獲ってきました。

        しかし今日は寿里子のことではなく、その1匹前のジュチというメス猫の話。

         

        先に書いた猫と同様、履物が好きな猫で洗濯後のたたまれた靴下で

        猫キックしてよく遊んでいる猫だった。

        ある日男物のきちんとたたまれた靴下が床に置いてあった。

        我が家には父と兄がいたから、どちらのものかであろうとは思ったが

        うちには目の前にあるその靴下のようなたたみ方をする人はいない。

        でもまさかジュチがどこかの家から失敬してきたとは想像もしない。

        なぜわかったかというと、次がスリッパだったからである。

        そのスリッパは冬物の毛がふさふさの

        動物キャラクター(甲のところに目とか耳とかある)

        そんなものうちにはないわけで、

        これで初めてどこかから盗んできたのだと知った。

        「ジュチ、どこかのうちから持ってきちゃったのね、靴下もそうだったのね」

        ここから先が私の失敗であった。

        怒らないで反対に挑発してしまったのである。

        「スリッパはね、1つではダメなの、使えないのよ」

        どうなったかというと、翌日だか翌々日だか

        その動物スリッパがきちんと揃ってしまったのだ。

        なんと話のわかる猫だ、いやいやこのスリッパどうしよう・・・

        というわけで、袋3つくらい重ねて入れてゴミ収集車へ。

        このジュチのハンティングエピソードはまだ他にもあります。

        またね。

        寿里子の「この人は同じ人?」

        2016.02.14 Sunday 12:49
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          ペット人気、猫が犬を抜いたそうですね。
          ネット上でも猫の動画、人気ありますものね、私も時々見てます。
          いろいろな人がエッセイも書いてます。

          先週の日経10日夕刊の前田司郎氏のエッセイ。
          ご本人、ちょっと長期不在をされていて、
          母上と猫を残してきているのだけれど、
          文章によると初めの2週間くらいは物音がすると
          玄関に向かって鳴いていたらしいが
          それもしなくなったらしい。
          もしかしたら自分のことは死んだと思っているのではないか、と。

          それを読んで寿里子のこと思い出した。
          夫が酔ってかなり陽気になっていたときのこと。
          私自身も「もう、うるさいっ! いい加減にせいっ!」
          と思うような陽気な状態は、まぁシラフでは起こりえないので、
          猫にとっても???だったのだろう。
          顔はいつもの人なのにどうやら中身が違うと感じたみたい。
          彼女自身もいつものように接することができなく、
          遠巻きに見ている状態だったことがあった。
          「あの人、顔は同じだけれど、違う人?」
          と私に確認するように目で話しかけていたことがあったことを思い出した。
          「そばに寄らなくていいのよ。放っておき、こっちにいらっしゃい」
          そう言って抱いていたものでした。
          でも彼女は怪訝な目線を彼に向けていたのでした。
          寿里子、かなり戸惑ったんだと思うわ。
          彼の名誉のために(でもないが)書きますけれど
          そんな度々ではないです、陽気になる前に寝ちゃうしね。

          寿里子七回忌

          2015.10.22 Thursday 12:42
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            21日水曜日は寿里子の命日でした。
            6年前、同じ水曜日。私は出稽古に出ていて死に目に会えなかった。
            近くの火葬場で一番最後の時間に火葬できることになり、
            私のHPの管理人achakoさんがその日最後の生徒だったのだが、
            メールを出してレッスンを休ませてもらったので、
            はっきり水曜日と記憶している。

            その日以来我が家は夫婦ふたりだけの生活となったわけだが
            決して二度とペットを飼わないと決めたわけではない。
            夫の言葉を借りれば「志願してくるヤツがいない」のである。
            こちらから積極的に探し求めていかないだけなのだ。
            寿里子は我が家の庭に頻繁に訪れて
            草むしりなど庭仕事をしている私に擦り寄り(それでスリコとつけた)
            毎晩煮干を用意する私たちにネズミをお礼においていった。
            そういう日々があって私たちの家族になった。

            最近は本当に野良猫がいなくなった。
            多くの猫が外で飼われなくなったからだ。
            里親から譲ってもらう場合も
            外に出さないこととかなり厳しく言われるらしい。
            外を飛び回れないなんてかわいそうと思うのはもうダメなのかな。
            ハンティングする本能、発揮して生きていてほしいのに。

            毎年命日はマグロを買ってというのを夫は習慣としています。
            私は一応お墓のまわりの草をむしり、いつものように話しかけました。
            寿里子のまだ書いていないエピソードがひとつふたつあるから
            またいつか親バカ発揮して書きたいと思う…。

            涼しくなりました

            2012.09.27 Thursday 19:54
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               数日前からやっと9月らしい気候になりました。
              本当に今年は暑かったですね。
              9月は私の母が亡くなった月です。
              高校1年生だった私が、あの時どんな格好をしていたか
              よく覚えているから、そのころに比べていかに最近の9月は暑いか。
              当時、9月中旬、長袖のしかもかなりしっかりしたブラウス、
              そしてウールまではいかなかったけれどしっかり厚手のスカート。
              あの時そんな恰好を私はしていました。
              今、そんなものこの暑さでは着られませんものね。

              今朝ちょっと用事があって車で出かけたのですが、
              ちょっとひんやりした空気、空の色、雲、そして何故か稲穂・・・
              急に寿里子のことを思い出しました。
              10月21日に死んだ彼女の最後の1か月がこの季節。
              苦しかったろう最後の1か月、
              彼女と別れることを受け入れることができない私たちのために
              必死に生きようとしてくれていた寿里子。
              やっと秋らしくなった気候がそのころを思い出させました。
              車の中で涙ぐんでしまった。
              もうじき彼女が逝って3年・・・

              寿里子の前世は恋人ってことで

              2011.10.27 Thursday 09:57
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                 数回前の『人間やってるの何回目?』の続きですけれどね。
                私はそこで「もしかしたら寿里子も人間になって生まれかわってるかも」と
                書いたのですが、それを夫は読んでいたか読んでいないかは知らないけれど、
                あれを書いた直後、つまり命日(21日)あたりだったと思うけれど、
                なんと夫は
                「寿里子は(あれだけできた猫だったから)前世は人間だったんだ!」
                とのたもうた。びっくり! 
                「えっ、人間から猫に落とされたっ? 
                         あっ、決して人間のほうが上とは限らないね・・・」

                確かにデキタ猫でした。
                ちょっと親ばかですけれど、私にとってこのブログ、
                記録誌みたいな部分もあるので、
                寿里子の想い出を書かせておいてくださいね。

                2年前彼女が死んだときも書いたけれど、
                寿里子と名が付くよりうんと以前、まだたまに庭に出没する外猫の頃、
                食べ物を用意してあげたら玄関にお礼のちいさなネズミを置いていったり。
                その後内猫になると、私たちは彼女を「時計猫」と言っていたのだけれど、
                朝になると起こしてくれたのです。
                時々いつもより早く起きなくてはならないときも
                「寿里、明日は〇時だからね」と言っておくと起こしてくれました。
                まぐれだとはわかっていても、ちょっと試してみようと、
                時刻を変えたりしても、きちんと起こしてくれたのでした。
                また、レッスンのときも生徒さんがギターを抱えて座ってから
                40分くらいすると足元にやってきてうろうろしはじめます。
                それでも無視していると、ギターケースにのったり、足台にすりすりしたり。
                さらに無視していたら、ポンッ!と前足でタッチされちゃった生徒もいます。
                「はいっ、レッスン時間終了です!」ってかんじ。

                夫はそれまでも猫と一緒に生活してきたことあるらしいけれど、
                寿里子ほど密接だった猫はいなかったらしく、とにかく溺愛していました。
                帰宅すれば「ただいま」なんて言うことは今でもないのですけれど、
                寿里子がいた時代は「ただいま」のかわりに「寿里は?」と毎日。
                こんな狭い、2間しかないこの空間、
                ちょっと見渡せば彼女がどうしているかわかるのに必ず「寿里は?」
                (私は寿里子の番人でしょうかとまるで旧約聖書のなんだっけ、あったよね。
                弟のことばかりきく神様にそう返事したっていうの)

                あまりに夫と寿里子は密接なので、
                とうとう「前世で恋人だったんだ」ということに落ち着きました。
                そういえばある年のバレンタインデーの直前に、私は寿里子に
                「もうじきバレンタインデーだから、彼になにかあげたら?」と言ったの。
                するとなんとその日だったか翌日だったか山鳩つかまえてきた。
                「びっくりしたよ、窓ガラスのむこうでなんだかバタバタしてるから。
                 見たら寿里子が鳩もってきたよ。まいったよ」

                ある日、私の友達のところの猫の話をしたの。
                別に寿里子に直接話したのでなくて、夫に「友だちのうちの猫がさぁ」と。
                確かにそばに寿里子いましたけれどね。
                その猫がチュチュチュってスズメの声をまねておびき寄せて捕まえるって。
                それを聞いた私は「そんなチュチュなんて猫が言うわけないよねぇ」
                と夫に話していたのだけれど、その場にいた寿里子はしばらくしたら出かけ
                30分くらいでスズメ捕まえて帰ってきちゃった。
                「あなたがそんな話をするからだ。
                 『そんなことしなくても捕まえられるわよ、 バカにしないでよ』
                 って寿里子は思って獲ってきたんだよ」と夫。
                でもこの話、生徒に話したら
                「え〜っ、そうですかねぇ。ボクは
                 『あ〜ら、いい話聞いたわ、ちょっと試してみるわ』
                 って思ってやったら 捕まえられたんじゃないかと思うけれどなぁ」
                私もどちらかというとこちらの解釈のほうが好きだなぁ。
                さて猫もチュチュチュッって言えるのでしょうかねぇ。

                で、とにかく前世が恋人だったと結論付けたら、
                夫は何だか最近実に幸せそうです。よかったねぇ。
                (ですので新しい猫が迎えられることはまずないでしょう・・

                それでね、私たちの大好きな某ギタリストさんのことですけれど、
                こちらも我が教室ファンクラブの間で結論が出まして、
                「たぶん今世でギタリストになったんじゃないですよ、 前世もギタリスト。
                 その前もかもしれない。1回目や2回目じゃないですよ、きっと」
                そう先日生徒に言われて納得しちゃいました。
                私たち、今世ではじめてギターを手にしたのでがんばりましょっ。

                寿里子命日

                2010.10.22 Friday 09:25
                0
                   昨日、10月21日は寿里子の命日でした。
                  昨日の彼女が逝ってしまったその時刻、私は電車に乗っていて、
                  ドアに寄りかかりながら夢中で本読んでいたのですが、
                  ある瞬間、突然、まるで映画の画面が切り替わるかのように、
                  聖パウロが天のキリストに話しかけられ目が見えなくなったときのように、
                  雷に打たれたように、私のなかの何かが寿里子にシフトしました。
                  一年前のそのとき、私はすでにレッスンに出かけており
                  最期を看取ったのは夫だけでした。
                  なので、正確な時刻は私はわかりません。
                  でも昨日、パンッ!と突然シフトし、しばし呆然としていた私は、はっとして
                  「きっとこの時刻だったのでは・・・」と思ったので時計を見ました。
                  あぁやはりそうだった・・・。
                  あの日夫が電話で言っていた時刻の一分くらい前でした。
                  あぁ、やはりこの時刻に逝ったのだ。

                  一週間ほど前彼女のかなりリアルな夢を見ました。
                  抱き上げて、胸に抱えて、頭に頬ずりして・・・、
                  彼女の重さ・毛並み・太さがすべて感じられた夢だったので幸せでした。

                  「命日には大好きだったマグロを食べよう」と夫が前々から言っていたので、
                  買ったマグロをぶら下げ本を読むのもやめ、電車から外を眺めて涙しました。
                  なぜか、「命日だからケーキも食べよう!」と
                  久しぶりTopsチョコレートケーキも購入。
                  「命日だからお酒も飲もう!」(??、いつもじゃん)
                  誕生日じゃないって! 命日です、命日。
                  というわけでそんな10月21日でした。
                  新しくお花も植えてあります。

                  寿里子最終章、今どこにいる?

                  2009.10.29 Thursday 22:59
                  0
                        

                    寿里子が逝ってもうじき10日経ちます。
                    あの夜ほそ〜い三日月だったのが
                    10日でこんなに大きくなるんだぁと初めて知った・・・
                    小学生のころ、勉強したような気がするけれど、
                    月なんてまったく興味なかったなぁ。
                    だいたい夜空を見るのはこわくてだめだった。
                    この話はまたいつか書きましょうね。

                    ところで、いろいろな方々からのお悔やみのメールを読んで、
                    おもしろいことに気づいたのです。

                    「死んだ後どこにいるか」という考え方が概ね3つある。

                       [1]上空説
                         1.漠然と空  2.別の星にいっている
                       
                       [2]あの世説
                         1.既にあの世にいるすべての生き物とともにいる
                          (つまり人間もペットもなかよく一緒にいる)
                         2.神のみもと(これをあの世というかはわからないけど)
                       
                       [3]このあたり、近辺説
                         1.いつもそばにいる 2.心の中にいる 

                    もちろん、「無」っていう考え方もあるでしょうが。

                    ねっ、おもしろいでしょ。
                    う〜ん、私はなにかなぁ、あの世と近くの両方かな。
                    みなさんはどう思いますか?

                    あっ、でもこういったこと書いてきてくださったのは、100%女性でした。
                    男性はこれまた100%励ましメール。
                    女性は励まし文のあとに
                    「きっと寿里子ちゃんは・・・・・にいて見守っていますよ」となる。
                    死んだ後どこにいるだろうというのは、
                    夫以外の男性がどう考えているかはわかりません。
                    ぜひぜひ、男性がどんな風に思っているか、お伺いしたいものです。
                    よろしければ皆様コメントくださいませ〜。

                    こんなこと考えてないでギター弾いてろって、ハイッ!パー

                    寿里子、逝ってしまった・・・・

                    2009.10.22 Thursday 10:30
                    0
                      とうとう昨日逝ってしまいました。
                      危ない危ないと思いつつ、
                      ことにこの1ヶ月私たちに大切な時間をくれました。
                      激しく嘔吐したシルバーウィーク直前から1ヶ月。
                      もしあの時に逝かれたら、私たちは激しいペットロス症候群におそわれていたと思います。
                      もちろん今だってつらいけれど、回復の希望をひたすら持ちながら、
                      一方でこの日をいずれ迎えるのだとわからせるために必要な1ヶ月でした。

                      この1ヶ月半、本当に毎日通院していました。
                      でも昨日朝、体温がかなり低かったのです。呼吸もいつもとちょっと違う。
                      そのうえやたらと立ちあがろうとします。
                      私には死に場所を探しにいこうとしていると感じました。
                      なので今朝は病院には行かないで、きっともう針を刺すのもいやだろうから、
                      このままここにいさせよう、つまり死なせようと思いました。
                      それから3時間くらいの間にいろいろなことがあって、一度激しく痙攣をし、
                      ひきつけを起こしたように全身をつっぱらせ、排泄しました。
                      その瞬間は、それで死んでしまったと思ったくらいでした。
                      でもその後呼吸は落ち着いたのです。とても穏やかでした。

                      いつもうかがう時間に病院に行かなかったから、
                      昼近くに病院に電話したとき大変心配してくださりました。
                      「・・・というわけで、今少し落ち着いたので様子見て夕方うかがいます」
                      でも結局そのひきつけの2時間半後に逝ってしまいました。
                      私はレッスンに出た後.
                      「寿里、出かけるね、夕方戻るから待っててね」が最後でした。

                      以前も書きましたけれど、動物は出会ったときから別れるときまで、
                      本当に可愛くて、いい思い出しかないのです。
                      なので別れを迎えるその時までがたまらなく怖く、悲しい時間です。
                      急に逝っちゃわないで、軟弱で耐えられそうにない私たちのために1ヶ月
                      回復の希望を与えながらよくがんばってくれました。

                      今朝いろいろ片付けて掃除しました。
                      物や匂いで思い出させられるのはつらいです、だからボロボロ涙でしたけど、
                      ひとつひとつのかわいかった、楽しかったことを自然と思い出すと私、
                      ニコニコできます、きっと。だって本当にかわいく、楽しかったから。
                      だから激しく悲しむのは今日までとします。

                      寿里子が迷い猫としてきてたぶん11年くらい。
                      私たちの庭へ来て、庭仕事をしている私の足にスリスリし、
                      外猫として煮干のご飯と夜は寒いだろうから
                      フィンランディア(ウォッカですね)の瓶を湯たんぽにひと冬過ごし、
                      お礼にと玄関にねずみとかもぐらとか置いていきました。
                      「ねずみをお取になるのは大変立派ですが、
                      うちは礼とか一切いりません、今後はこういったものは結構ですから」
                      と、確か物を取ったときはほめなくてはいけないと言われていたので
                      (誰に?)一応ほめて、たぶんねずみを見ながら
                      顔ひきつらせ断りをいれた私。
                      次の冬には家猫として「スリコ」から「寿里子」となりました。
                      彼女が私たちを家族として選び、
                      ともに暮らして幸せであったと思ってくれればいいな。
                      私たちはとってもとっても幸せでしたよ、私はとっても頼りにしていたし。
                      いつも甘えていたのは私でした。本当にうちに来てくれてありがとう。

                      お世話になった動物病院の皆様、そしてたくさん励まし、暖かい声をかけてくれた皆様、ほんとうにありがとうございました。




                      Calender
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                      うちはもっぱらこれを使う。
                      山椒も入っていてチョ〜しびれます。
                      実は辛いものが苦手な私。
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                      今までのは難しくて、結局読みきれなかったけれど、
                      今回は読めるかも。
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